器用貧乏の隔世遺伝

 
今日は小学生のバスケットボールの撮影に行ってきた。
フリーになってすぐの頃、知り合いの娘さんが出場する小学生のミニバスの撮影に行ったことがきっかけで、数珠つなぎのように他のチームからも撮影を依頼されるようになって、一時期は大会を全チームまるごと撮影して一人で対応しきれず応援を頼んだりしたりもしていた。しかし、少し風呂敷を広げすぎたのを感じたので撤退してから数年経つが、先日6年ぶりのチームから撮影依頼があり今日の撮影となった。覚えていていただけることは、実にありがたいことである。
現場で監督から「普段は何を撮ってるんですか?」と聞かれて「料理やら人やらスナップやら。。」と答えてから、スポーツ専門じゃないことを伝えて不安を与えてしまったかなぁと少し反省した。
そうなんですよね。私ほど「何でも撮るカメラマン」って少ないんじゃないかと思うんです。この仕事って、割りと分野ごとに専門化してる職業だと思うんです。商品ばっかり撮ってる人もいるし、人しか撮らない人も知ってる。当然、料理専門やスナップ専門もいる。ある程度は他のカメラマンさんも仕事を分散化、クロスオーバーさせてるでしょうが、私はとにかく雑食。空中と水中は経験ないけど、たいがいの「カメラマンとしての仕事」はやってきた気がするなぁ。。同じものばかり撮ったり同じ所に通うのが好きじゃないので、毎日違う仕事したほうが楽しいと思うんですよね。要は根が根無し草なので(この表現オモロイな)一箇所に定着したくないんですよね。逆に言えば専門がないので「〜が専門です!」って言えない弱みはあるけど。毎日、違う機材用意して、違う所に行って、違う人に会って、様々な被写体を撮影してる。
分野は全然違うけど、祖父もそんな感じで超何でも出来る人だったから、器用貧乏の隔世遺伝(父親は専門分野特化型)なんだろうなと思ったり。でも、こんなに刺激的で贅沢な仕事はないと思うな〜!
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シャッターを切るということ

私は弟子入りした事がないので「師匠」と呼ぶ人はいない。しかし、一方的に師匠と思っている人が4人いる。いずれもわずか数回、仕事する様を横で見て技術的、精神的に参考にさせてもらった人たちだ。今日はその二人目の「師匠」の話。
その方はもうかなり高齢で、現在は恐らくだがもう自分でピント合わせてシャッターを切る事はできないんじゃないかと思う。しかし、息子さんが継いでおられるのでスタジオ自体は現役で稼働中である。
その昔、その父子と私の三人で仕事する機会が何度もあったのだが、撮影をする父親を息子と私でアシストするというのが常だった。息子も既に技術的には一人前だったが、父の前では決して撮影する事はなかった。それは当時のクライアントは父カメラマンに仕事を依頼しているのであって、息子に対しては全く信頼していない様子だった。しかし端から見ていると、撮影中の父カメラマンはいろんな意味で危なっかしかったのだが、写真の仕上がりに関しては素晴らしい仕事をしていた。
 
当時20代前半の私には、体力的にも余裕のある息子に撮影をさせればいいものを、手を震えさせながらも父に撮影させることが理解できなかった。父は私たちのアシストがあるので失敗はあり得ないものの、体力的に辛そうで見ているこっちがハラハラした。
そんなある日の撮影。高所での撮影でどう考えても父カメラマンには不可能だったので、息子が撮影することになった。事前準備は万全で、いつもと同じような撮影になるはずだった。ところがいざシャッターを切る段になって、息子を見てみると尋常じゃない汗をかき手を震わせ、いつも私と冗談ばかり話す声も震えている。
「自分でシャッターを切るということはここまでの重圧があるのか!」と、この時に驚いた。いつもアシストばかりで気が付かなかったが、同じ現場で同じ作業をしていながら、最終的な決断(シャッター)を下すのは他の誰でもなくカメラマンただ一人なのだと。
そのことに気がついてから、私の撮影はシャッターを少しだけ慎重に押すようになった。
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温泉のこと

昨日はもらった割引チケットを利用して有馬温泉まで行ってきた。
10代の頃は温泉なんて考えるのも嫌でキライだった。20代半ばで「今後一生、温泉には入れないな」と考えたことは、今でもハッキリ覚えてる。それが、最近になってようやく「普通に」温泉に行けるようになった。大げさに聞こえるかもしれないけど、これは昔の私からしたら考えられないことで、夢のまた夢くらいのことだったんです。
 
ここまで来るのにたくさんの人に助けてもらって、協力してもらって、とっても感謝してる。イヤな思いや恥ずかしい思いをさせてるのは分かってる。でも、おかげでようやく人間として扱ってもらえてる気がして、今はとっても幸せ。
今日はただそれだけを言いたかった。
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灯台のこと

「趣味は灯台巡りです」って言うと大抵の人は返答に困るようである。そりゃそうだ。そんなマニアックな趣味聞いたことないもん(笑)
私のWebページのトップ画像や、写真見せるメインページにわざわざ「Lighthouse」って項目作ってアピってるのも単に趣味なんです。気にしないで。
大阪に住んでて日帰りで行ける灯台は行きつくしたと思う。出張で地方に飛んだ時も、余裕があれば行ってるかな。
そもそもなんで灯台に興味持ったのかと言えば完全にたまたまとしか言いようがないんだけど、日本中の最末端を巡る旅の途中でかなりの確率で出会ったのが灯台だったんです。道があれば行き止まりまで行ってみないと気が済まない性格なので、岬の先の海を見に行く。それがいつしか灯台を目当てに末端を紀行すれば、必ず風光明媚な海を見られる景色に出会える事に気がついて、行き着く先は「灯台巡り」だった。
灯台は大海原を航海する船に現在地を知らせる大切な目印。だから、目立つ事が最優先で、海に突き出した岬の先端の標高の高いところにある場合が多い。識別をするために一基ごとに固有の発光間隔を保っていて、そのためには光源を軸にして周囲を巨大なレンズが回転している。貧弱な光源の光達距離(光が届く距離)を伸ばすため、明治初期の洋式灯台黎明期では現在では考えられないくらい高価で巨大なレンズを輸入して焦点距離を稼ぐ。それが現在でも光源こそ変わっても100年以上動き続けているんですよ!
最初に感動したのは高知県の室戸岬灯台。ここは岬の先端ではあるけど山の中腹にあるため、ちょうどレンズが目線の高さぐらいにある。数メートル先で直径2.6メートルの巨大なレンズが回転して、ものすごい光で数秒ごとに私を照らす。目の前で繰り広げられるあまりに壮大なショーに感激してしまい、寒い海沿いの山の中で数時間は立ち尽くしていた。「こんな事が日没から日の出まで100年以上も真っ暗な山の中で繰り返されてきたとかスゴすぎる。。。」これですっかり灯台の虜になってしまった。
 
特に明治期の灯台は工法も材質も試行錯誤が見られて、塔そのものを見ていても美しくて見飽きない。日本語では一般に「灯台」(正しくは航路標識)と一括りになっているが、英語では「Lighthouse」と「Beacon」とで大別される。Lighthouseはその字の通り人が住んで管理する大型のもので、港にある単なる光る標識であるBeaconとは区別されるのが一般的である。現在は全ての灯台が自動化されていますが、逆に昔は全ての灯台に管理する灯台守さんが住んでいた。
「こんなところに住めるなんて夢のようだ!」と思って、就職時に「灯台守になる!」って言ったら父親に鼻で笑われ一蹴されました(マジギレだったかも?)が。。その十年後には職員が常駐している灯台がなくなり灯台守という職業が消えてしまったので、夢で終わってよかったのかもしれませんね。。。
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仕事のこと

「ええなぁ やりたいこと仕事にでけて」って言われることがある。
逆に「じゃあ、やりたくない仕事なんかやらなきゃいいのに」と思うんだけど、空気読みすぎ純日本人な大人はそんなことは言っちゃいけない。この場合は謙遜して自分を落とす発言をすることが最適解だと思う。単純に「うん。いいでしょ」じゃダメなところが面倒くさい国だわ。
某企業に労基署(労働基準監督署)の調査が入ったそうだ。社員が残業代の未払いを労基署に訴えたことが発端となって、全社への一斉調査。会社の経営は残業代の不払いを前提に賃金体系、人事制度が成り立っていたので、2年分さかのぼって支払いした現在だけではなく今後も抜本的な変革なしには経営が成り立たないはずだ。残業代がつかない(いわゆる「サービス残業」)業種、仕事っていうのはこの国ではわりと普通にある。最近の大企業は社内のコンプライアンス体制が厳しいので少ないだろうが、中小企業では美容業界、飲食業界を中心にサービス残業を前提に企業が成り立っていることがある。
これは明らかに経営側が金銭、人材的資本を渋っている結果である。本来、労働者側は経営者側に残業代の支払いを求める交渉を、もしくは転職などの他の手段も考えられるが、同じ業界では横並びな経営状態の場合が多いので同じ結果になる。
他人(特に上司や経営者)と交渉するという選択肢がまず思い浮かばない人が多いんじゃないだろうか? 子供の頃から目上の人には盲目的に従うことを叩きこまれた習慣で、自分の権利を主張することがなかなかできない。交渉、主張するくらいなら逃避する。こういう人が多数を占めてるうちは、経営側は「空気に甘えて」いつまでも搾取できるところから搾ろうとする。
 
いくら直属の上司に訴えても響かなかったので、機会を見つけて企業のトップに直訴したら上司に疎まれた経験はあるが、こういう輩は得てして「会社の空気を乱す」や「部署の輪を。。」として危険人物のレッテルを貼られたり、下手したら他の理由をつけてクビにするのがこの国である。
そして、そんな人物の行く末が20代で2度も会社をクビになった経験のある、でも「やりたいこと仕事にでけて」って言われる私だったりするのだが。。。
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iPhoneにする?

「あれ? IzumiさんってiPhoneじゃないんですね? というか、スマホにしないんですか?」って聞かれた。失礼なやっちゃな〜(笑)
 
現在の携帯端末はdocomoのガラケー(従来型のフィーチャーフォン)とSoftbankの初代iPadの2台です。初代iPhoneが発表された時はGSM通信のみだったので日本では発売されなかったが、翌年iPhone3Gが日本でも発売された時は「私が買わなければ誰が買うんだよ」くらいの意気込みだったけど、結局未だにiPhoneには手が出てない状態のまま。
最大の理由は私が貧乏だから。ガラケーにプラスしてiPhone持つほど余裕もないし電話機2台も持ちたくないし、かといって「あの」Softbankの回線のiPhoneだけにする勇気はさすがにない。そんなまま気がついたらもう5年ほどdocomoからiPhone出るの待ち続けてる状態なのです。(Android機は最初から対象外ね)
じゃあなぜiPadかといえば、iPadは電話じゃないからです。確かに電話機とiPadを2台も持ち歩くのはスマートじゃないしメンドクサイけど、電話と通信を切り分けて考えればこれ以上ない組み合わせだと思うんだけど。。少なくともiPadはiPhoneの上位互換だし、普段車移動なので大きさも気にならないし。「家でしか使わなくなった」とか「飽きて放ったらかし」という声をよく聞くiPadですが、貧乏性なのでこれでもかってくらい使い倒してる私ですので。余裕のある撮影の時はポラ代わりに画像を無線転送してクライアントさんに確認するのに役立ってるしね。そういう意味では「The new iPad」の264ppiのRatina Displayは魅力的だね。
そろそろ5年目のガラケーが自動的に再起動したりでそろそろ買い替え検討中の中で、現在の最有力は香港行ってSIMフリーのiPhone買ってきて、docomoのmini UIMカードをXi契約で使う方法。その時はiPadはイオンSIM差して車載ナビ及び業務専属になる予定。SIMフリー機ならテザリングできるし、Wi-Fiルーター使う手もあるけど手軽さでは直差しには敵わないし。
次点はガラケーをiモード解約してらくらくホンにして、初代を「The new iPad」に買い替え。でも、らくらくホンって意外と高いんだな。
もっといい方法があったら誰か教えてくださいませ。。まあ、まずあり得ないんだろうけど将来docomoからiPhoneが出たらてっとり早いんだけどね。今年に出るだろうiPhone5?には間違いなく4G通信が載るだろうがSoftbank 4GとdocomoのXiでどこまで差が出るかだけど、FOMAの経験では初動のエリア展開ではSoftbankが健闘しても結局docomoが人口カバー率で圧倒するんだろうなぁと思ったり。
全くまとまりのない話になったけど、自分への覚え書きなので気にしないでください〜
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これからのこと

もうあれから一年が経ちましたか。
関西にいるとまるで他人ごとのような感覚すらある「東北地方太平洋沖地震」
どうも東京を中心とした関東中心部の被害者意識が暴走してる感がある「東日本大震災」
呼び方はどうでもいいが、あの「3.11」からもう一年経ったのですよ。
亡くなった多数の方々にはお悔やみ申しあげます。そして佐藤さんを含む幾多の亡くなった個人的な知り合いの方々にも。。
個人的には宮城県を中心とした東北地方には縁が深い。母親が宮城県出身で、祖母の元へと毎年必ず里帰りをしていた。活け花の指導をしていた祖母が私が中学生の時に亡くなった後も、知り合いや生徒さん、親戚を頼って毎年のように旅行で通っていた。その中で育まれた気持ちがあったのか「東方に住みたい」という気持ちが芽生え、大学受験で東北地方の大学を受験(受け入れてはくれませんでしたが)したりもした。学生時代も青春18切符やレンタカーを使って、私の愛す宮城から岩手の三陸リアス式海岸の文字通り「津々浦々」巡っては足しげく通い移住の地を探していた。極めつけは、大阪で社会人になって数年経ってからある日の新聞で過疎の宮城県の沿岸部の某郡部が「居住者を募集している」というコラム的な記事を見つけて、居ても立ってもいられず何の情報もないまま翌週には飛行機で現地に赴いたことがあった。その記事は過疎に悩む地方自治体が土地を無料で分譲するというものだったのだが、土地は無料でも家を建てる融資を受けなければならず、さらにそのためには現地で仕事を探さねばならず、銀行の融資係や現地企業就職の面接も受けたが、結局「実現不可能」との結論に達し断念せざるを得なかった。果敢ニストにもほどがあるが、もう10年も前の話である。
うちの家には数年前からテレビがないのでニュースは専らインターネット経由である。大地震後、NHK及び民放各社もUstream等のネットを通じての配信に理解を示したこともあり、リアルタイムで被災地の惨状を目にすることになった。知った土地がたくさん映り、昔巡った津々浦々の惨禍が伝えられた。なぜか涙は流れなかったが今でも関連動画を見ると動悸が早くなり、逆に私が今生きていることの実感が湧いてくる。
「もし」はないが、あの時仕事が見つかり融資が受けられ移住していたら、私は地震と津波の犠牲になっていた可能性は高い。現にその郡部は津波の被害が甚大で多数の人が亡くなったとの報道があった。私は生きなければいけないな。
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カフェイン不耐症のこと

どうやら私の身体はコーヒーが飲めないようだ。そう気がついたのは数年前。
かなり昔からコーヒーを飲むと耳鳴りがして音が聞こえにくくなったり、しゃべりにくくなるのでオカシイとは思っていたがそれがカフェイン由来のものだと気がついたのは最近の話。昔はコーヒーといえば、出先で出されてもインスタントが多かったのであまり気にはならなかったけど、最近はドリップタイプやポーションタイプが増えて、より「カフェインフル」なおもてなしを受けるので困ることが多い。決定的にオカシイと気がついたのは、自分でカフェを始めようとメニュー用のコーヒーを豆屋さんの協力で試飲しまくったところ、比喩じゃなく目眩で倒れかけたことがあったり、店始めてからも余ったコーヒーがもったいないので日常的に飲んでたら接客もままならなくなるくらい喋りづらくなったから。そこまでならないと「カフェイン不耐症」に気が付かないのもマヌケな話だが、それでも人前でしゃべるとか以外なら普通に仕事するくらいはできるし大した問題にはならない。
ここのページによると150mlあたりコーヒーで100mg、抹茶で48mg、紅茶で30mg、ホットココアで50mg、板チョコ50gで20mgとなっている。コーヒーなら1杯、紅茶なら3杯くらいで変調が出るので、体感的にこの数字はすごく合ってる気がする。日常で「選べるなら」コーヒーを選ばないようにして、紅茶やココアをセレクトすることで1〜2杯の付き合いなら問題にはならない。家で自分でコーヒーを淹れることはまずありませんが、仕事先で出されることはままあるので普通に飲みます。去年の話ですが、午後からの取材で工場や営業所を回る度にコーヒーを出していただいて半日で4杯飲んだ時はさすがに倒れるかと思いましたが。。経口致死量は5000mg以上だそうですので1/10ではさすがに死ぬことはないでしょう。
ちなみに私は家で仕事してる時は常に紅茶を飲んでます。いい茶葉なら2煎目でも楽しめるので一日5杯くらいはのむことありますが、ほとんど不調を感じたことはないですね。これはおそらく子供の頃から飲み続けてる単に「慣れ」の問題かと思います。今日からいい茶葉がなくなったので激安ティーパック飲んでますが、コーヒーでも紅茶でも安物ほどカフェインが少ないと感じますので、身体にはやさしいですね。安物バンザイ。
 
調べてたらカフェインの分解もアルコールと同じく肝臓で分解されてるようなので、原因はどうやら私の身体の事情によるようですね。肝臓の仕事量がどうやらいっぱいいっぱいで分解できないのですね。一杯のコーヒー、ビールで仕事量オーバーフローするようでは、そりゃ長生きはできないなとなんだか自分の中でとても納得できました。
スターバックスコーヒーでわざわざオレンジジュースやココア飲んでる変な人がいたらそれは私ですので、生暖かい目で見守ってやってください(笑)
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カメラの話

「日常」と銘うっておきながら、自分語りにばかりに終始しているIzumiさんです。
フォトグラファーブログらしくカメラとか撮影機材のことを書けばいいんでしょうけど、なんせ機材関係にはわりと無頓着なので語れるようなことがなかったりするのですが。。照明機材とかは特殊なので今回は主にカメラとかレンズのお話です。
 
よく知り合いの写真好きな人に「今度新しく出たA社の〜ってレンズ買おうと思うんだけどどう思う?」って聞かれたりするんですよ。それが私が使ってるメーカーの商品なら「いいんじゃない?買えば?」って言います。それはそのメーカーの商品が沢山売れれば、値下がりして私もメリットがあるかもしれないからっていうかなり遠回りでどうでもいい理由です。だからあまりあてにしないで。だってカメラ機材って仕事で使ってると「必要だから買う」のに対して、趣味の人は「その機材が欲しいから買う」んですもの。
私はもう十分な機材がありますが、もし追加で購入する時は「ある状況でそのカメラ(レンズ)がないと撮れない。その上購入しても採算が取れる」場合だけですね。それ以外にも「現場や後での作業が劇的に楽になったり、効率が凄まじく向上する」場合もです。やっぱり仕事なので「採算が取れる」っていうのは意外と重要で同じレンズの新型が出たから買うってことはまずないです。
ややこしいのは、カメラ用品にはプロ専用という機材はないのでお金さえ出せば誰でも最新機種や最高級機種が買えるんです。プロだからってメーカーから支給されるわけじゃなく、(一部先生除いて)普通にお店で買ってるんです。だからプロはプロ用(と言われる)カメラ使ってなきゃダメなんてことはなく、クライアントさんに写真を納品して必要十分な画質とクオリティが備わっていれば問題ないです。一部クライアントさんによっては機材にも口出しする方もいらっしゃいますが、納品写真からは使用機材見えないですからね。要は機材じゃなく写真で語れってことですよ。
スミマセン偉そうに言いすぎました。確かに最新機種は撮影が楽になったり綺麗に撮れたりでメリット多いです。正直、私だって支給してもらえるなら最新機種で仕事したいです。だからって最新機種買い続けていれば「いい写真」が撮れる訳ではありません。メーカーだって商売ですから「最新機種買えばこんなスゴイ写真が撮れる(かも)」って夢は見させてくれます。そのためのCMであり広告でありカタログなんかであるのですが本末転倒です。
だから「〜ってカメラどうなんですか?」って聞くのはもうやめてください。迷わずどんどん最新機種や高級機種買ってください(笑)
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食べ物のこと

私は食べ物に関して好き嫌いはない。もう全くと言っていいほどない。
「好き嫌い」という日本語を使う時、実は嫌いなモノを主に語るのが普通なようだ。「甘いモノが苦手なんだよね〜」とか「生野菜は全般的に食べません」という語りに「好き嫌い」は使われる。
でも私は苦手な食べ物もない代わりに好きな食べ物もない。ぶっちゃけて言うと「食にコダワリがなく、食べられるものなら何でも食べる」主義である。10代の頃は味覚、嗅覚とも尋常ならざる鋭さを持ち合わせていた自信はあったが、齢を重ねた今はどちらもかなり閾値が上がってきている自覚がある。つまり平たく言うと「味音痴になった」ということ。もちろん味覚の生理学としての年齢相応の経験や視覚から得られる美醜などの風味を加味しつつ、「味の記憶」からの相対値で補正しながら脳内で「味わい」を創造はしているが、味音痴の自覚は簡単に消せるものではない。それは、料理を作りながら使う調味料の量や、刺激物に対する耐性、食材の好みからも明らかである。
食欲を満たすことに貪欲な人が多いこの世の中では味がしっかり付いていて濃厚なモノほど「美味しい」という評価されるのが一般的である。また大人は子供の味覚から「進化」していて広範囲な味を理解できると考えられているが、私に言わせればそれは単なる勘違いである。物理的に味蕾の数も感度も劣化している大人が子どもに感度で勝負できるはずがないのである。さらに言うとお酒を飲む人はエタノール由来の糖分が味覚の飽和をもたらし、濃い味(いわゆるツマミの味付け)を好ましいと記憶されていくはずである。お酒を飲む文化を否定する気は全くないが、味覚の劣化を大人の暗黙の了解として「グルメ」だの「味へのこだわり」だの言って勘違させる表現はいかがなものだろうか?
 
私だって外食もするし、世間で言うウマイ料理、店の定義も分かる。だから美味しいと言われる店に行けば単純に嬉しいし、マズイものはできれば食べたくないし、食べたことがない料理にも興味は湧く。
出された料理には感謝しつつ、しかしそれは単に知識を集積できたことのヨロコビに過ぎないのである。
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