食べ物のこと

私は食べ物に関して好き嫌いはない。もう全くと言っていいほどない。
「好き嫌い」という日本語を使う時、実は嫌いなモノを主に語るのが普通なようだ。「甘いモノが苦手なんだよね〜」とか「生野菜は全般的に食べません」という語りに「好き嫌い」は使われる。
でも私は苦手な食べ物もない代わりに好きな食べ物もない。ぶっちゃけて言うと「食にコダワリがなく、食べられるものなら何でも食べる」主義である。10代の頃は味覚、嗅覚とも尋常ならざる鋭さを持ち合わせていた自信はあったが、齢を重ねた今はどちらもかなり閾値が上がってきている自覚がある。つまり平たく言うと「味音痴になった」ということ。もちろん味覚の生理学としての年齢相応の経験や視覚から得られる美醜などの風味を加味しつつ、「味の記憶」からの相対値で補正しながら脳内で「味わい」を創造はしているが、味音痴の自覚は簡単に消せるものではない。それは、料理を作りながら使う調味料の量や、刺激物に対する耐性、食材の好みからも明らかである。
食欲を満たすことに貪欲な人が多いこの世の中では味がしっかり付いていて濃厚なモノほど「美味しい」という評価されるのが一般的である。また大人は子供の味覚から「進化」していて広範囲な味を理解できると考えられているが、私に言わせればそれは単なる勘違いである。物理的に味蕾の数も感度も劣化している大人が子どもに感度で勝負できるはずがないのである。さらに言うとお酒を飲む人はエタノール由来の糖分が味覚の飽和をもたらし、濃い味(いわゆるツマミの味付け)を好ましいと記憶されていくはずである。お酒を飲む文化を否定する気は全くないが、味覚の劣化を大人の暗黙の了解として「グルメ」だの「味へのこだわり」だの言って勘違させる表現はいかがなものだろうか?
 
私だって外食もするし、世間で言うウマイ料理、店の定義も分かる。だから美味しいと言われる店に行けば単純に嬉しいし、マズイものはできれば食べたくないし、食べたことがない料理にも興味は湧く。
出された料理には感謝しつつ、しかしそれは単に知識を集積できたことのヨロコビに過ぎないのである。
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